コーヒーの方に、現実がある。
最近、
「あのとき始めていたら」
を考えていた。
もっと早く動いていたら。
あのとき諦めなければ。
環境が違ったら。
違う選択をしていたら。
「〜たら」
「〜れば」
が頭の中で回り始めると、
今いる場所が、少しずつ色を失う。
あの選択が間違いだった。
あのタイミングで動けばよかった。
あの人みたいにできていたら。
存在しないはずの世界なのに、
妙にリアルだ。
だから、
少し消耗する。
気づいたら、
10分くらい考えていた。
その間、
コーヒーは冷めた。
洗濯は終わっていた。
スマホの通知だけ増えていた。
現実はちゃんと進んでいるのに、
頭だけ別の世界にいた。
不思議だなと思う。
「〜たら」の世界は、
どこまで行っても完成版だから。
あのとき始めていたら、
うまくいっていたかもしれない。
あの選択をしていたら、
もっと楽だったかもしれない。
失敗もない。
遠回りもない。
都合よく編集された人生が、
そこにはある。
でも、
その世界には住めない。
住んでいるつもりになっても、
コーヒーは冷める。
洗濯は終わる。
お腹も空く。
校納金の引き落としも来る。
現実は、
ちゃんと現実のまま進む。
だから最近は、
「また考えてるな」
と思ったら、
コーヒーを淹れ直す。
白湯を飲む。
洗濯物を一枚だけ取る。
そんなことをする。
何かを解決するためじゃない。
気持ちを切り替えるためでもない。
ただ、
現実の方へ戻るため。
今日、
顔を洗った。
お弁当を作った。
コーヒーを淹れた。
それだけが、
今日の現実だった。
大きな正解は分からない。
あの選択が正しかったのかも、
たぶん分からないままだと思う。
でも、
コーヒーを淹れることはできる。
白湯を沸かすこともできる。
補給物資を確保することもできる。
「〜たら」の世界は、
たぶんこれからも時々現れる。
完全には消えない。
私もたまに住みかける。
でも、
気づいたら戻ってくる。
コーヒーとか。
終わった洗濯とか。
そういうものがある方へ。
コーヒーの湯気は、
ちゃんと目の前にあった。
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